伝説のKOBECCOです。  阪神淡路大震災からまもなく20年。未だ個人的には、復興できずです(泣)。 駅風呂生活まもなく11年。 現在、コメントは、承認制にさせていただいております。
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頼れるエースでした。
日ハム・小林繁コーチ急死 57歳、元巨人・阪神投手 (asahi.com)
江川氏沈痛「空白の1日、つい最近のよう」 小林氏急死 (asahi.com)
「若すぎる」「信じられぬ」 小林繁さん逝去、球界悲痛 (asahi.com)

あの年のプロ野球は、それこそ、小林投手の”リベンジ”(この言葉はその頃使ってなかったですね)に日本がわきました。
自分も江川投手が投げるジャイアンツ戦に行ったのが思い出されます。
ええ、レフト側ですよ、東京でですから。

たしか、78年は、胴上げ投手だった、小林投手は、ジャイアンツのスカウトが見つけ、育てた逸材でした。
あの形で、阪神側(小津って言う社長でした)の指名で交換トレードされた小林投手は、特にジャイアンツ戦では、ほぼ完璧な投球で、8連勝を飾ってます。
これ、結構好きなんですね、阪神ファンの多くは。
あっさり小林を放出しても江川が欲しかった(ではなく、江川が行きたかったと言われました)ジャイアンツ。

このことは、長嶋さんにも黒い部分で残ったと思います。
まあ、あのあとのFAで、わかりますが・・・。

当時、阪神での活躍で、関西では、子供はほとんど彼の投球を真似しました。
真似で売ったタレントもいましたね(いまは、トークの大御所と言われてますが)。

そして、キャスターでは、ルックスもあって、また、頭の良さもわかる話術で、人気でした。
ニュース23もでたのでは。


それにしても、あっけなさ過ぎます。
まだまだ、活躍できたのに・・・。
記録は、超一流ではなかったですが、確実に記憶に残った選手でした。

生前のご活躍を偲び、心よりご冥福を申し上げます。

 



日ハム・小林繁コーチ急死 57歳、元巨人・阪神投手
2010年1月17日20時4分
a0022038_0562555.jpg プロ野球の巨人、阪神で投手として活躍した現日本ハム投手コーチの小林繁(こばやし・しげる)さんが17日、心不全のため福井市内で死去した。57歳だった。通夜は19日午後6時、葬儀は20日正午から福井市松本4の8の7の千福寺りんどうホールで。喪主は妻静子(しずこ)さん。

a0022038_0565529.jpg 鳥取県赤碕町(現琴浦町)出身。由良育英高(現鳥取中央育英高)から社会人の全大丸へ。大丸百貨店では呉服売り場で働いた。1971年秋に巨人からドラフト6位指名を受けて翌年オフに入団。独特のサイドスローから繰り出す鋭い変化球を武器に、76年から2年連続18勝を挙げるなど活躍し、77年には沢村賞を受賞した。しかし、78年オフに起きた「空白の1日」として知られる江川卓投手のドラフト騒動に巻き込まれ、江川氏との交換トレードで79年1月末に阪神へ移籍。その年に22勝を挙げて最多勝利、沢村賞を獲得した。83年に引退するまで通算139勝95敗17セーブだった。

a0022038_0572867.jpg 引退後は野球解説者、テレビキャスターなどを務め、95年の参院選ではさわやか新党代表として比例区に出馬したが落選。97年から近鉄などでコーチを務め、09年に日本ハムの2軍投手コーチに就任。今季から1軍投手コーチとなった。16日には東京都内で開かれた日本ハム本社のイベントに出席していた。17日午前中に福井市内の自宅で具合が悪くなり、救急車で福井県立病院に搬送されたが、そのまま亡くなったという。

     ◇

 〈江川卓さんの話〉突然のことでびっくりしています。2007年にCMでお会いしたときは、お元気そうだったので、安心していたのですが。あまりにも早すぎるお別れに言葉もありません

     ◇

a0022038_0575430.jpg 〈「空白の1日」〉 1978年秋のドラフト会議前日、巨人は浪人中の江川卓投手と契約。江川の交渉権は前年のドラフトで指名したクラウン(現西武)にあったが、当時の野球協約ではドラフト前々日に交渉期限が切れるため、巨人は会議前日を「空白の1日」としてどの球団とも契約可能と主張した。これは無効とされ、巨人が欠席したドラフトで阪神が江川を1位で指名。巨人はドラフトの無効を訴えるなど混乱が続いたが、当時の金子コミッショナーが「強い要望」として、阪神がいったん江川と契約して巨人へトレードする案を提示。両球団が応じ、巨人から小林投手が阪神へ移籍した。

※写真(上から)
帽子をとばして力投する小林繁さん(1981年)
甘いマスクで女性ファンも多かった小林繁さん
華麗なサイドスローで活躍した小林繁さん
小林繁さん

(asahi.com)

江川氏沈痛「空白の1日、つい最近のよう」 小林氏急死
2010年1月17日23時57分
a0022038_6182155.jpg マウンドで細い体をしならせ、帽子を飛ばす熱投でファンを魅了した小林繁さんが17日、亡くなった。サイドスローで、足を上げた後に重心をぐっと低くする独特の投球モーション。甘いマスクで女性ファンも多かった。

 1976、77年は巨人のリーグ連覇に貢献し、エースとして活躍していた。しかし、江川卓投手のプロ入りにからむ「空白の1日」といわれる騒動のあおりをうけ、79年から阪神へ。突然の移籍通告にも、小林さんは「阪神に望まれて行くのだから、同情してほしくない。僕の本当の評価は阪神の成績で決まる。だから精いっぱいがんばるのみです」と言い切った。当時、監督だった長嶋茂雄氏は17日、「正直に言うと、阪神へトレードになったことは残念な思いでいっぱいです。現場の監督として悪いことをしてしまったという気持ちがいまだに残っています」とコメントした。

     ◇

a0022038_6192026.jpg 江川卓氏は17日夜、東京都内の日本テレビで取材に応じた。うっすらと涙を浮かべ、突然の訃報(ふほう)に「残念です」と繰り返した。「空白の1日」を「つい最近のことのように思い出される」と振り返った。

 江川さんは1979年に巨人入りして以来、その年に小林さんがあげた最多勝の22勝を目標にしてきた、という。「抜かなきゃと思っていたが、結局、抜けなかった」。プロ2年目に初めて投げ合い、勝利投手に。「前日から負けるわけにはいかないと思っていた。一生のうち、絶対に負けられない試合が2、3試合ある中の、一つだった。勝つことで、恩返しができたのかなと思った」と語った。江川氏との一問一答は次の通り。

 ――訃報(ふほう)に接したのは、いつ、どのように。

 「夕方、新聞社の方から電話があり、『小林さんが亡くなられた』と。それが最初です」

 ――どういう気持ちに。

 「突然だったのでびっくりしたというのが最初で、それから次々、電話をいただいたので、本当にそういう事実があったんだと、びっくりした」

 ――小林さんとの思い出は色々とあったのか。

 「ドラフトの件があったので、その時のことがつい最近のことのように感じまして。突然亡くなり、すごく残念です」

 ――CMで共演もされた。

 「お互い大変だったなという言葉をかけていただいて、ホッとしたのを覚えている」

 ――共演以来の付き合いは。

 「共演で、お互いの意識が分かり合えた感じがしたので、それ以来、お会いしていない」

 ――今後、付き合いが続くと期待していたのでは。

 「今年、1軍投手コーチになったので、球場に行ってお会いするんだろうなと思っていた。教えるのが好きな方で、そういう話もできたので、すごく残念」

 ――どういう存在だった。

 「阪神に行かれて22勝された。すごい方が阪神に行かれて、頑張られたので、いつか超えなきゃいけないなという思いでプレーしていた」

 ――小林さんへメッセージを。

 「入団の時から、小林さんの成績を抜かなきゃと思ってやってきましたが、結局は抜けなかった。小林さんは実績を残され、気持ちの面がすごく強い方だったので、そういうものを伝えていきたい」

※写真(上から)
小林繁さん死去の報を受け、取材に応じる江川卓さん=越田省吾撮影
2007年9月、テレビCMで共演した江川氏と握手する小林繁さん(左)

 (asahi.com)

「若すぎる」「信じられぬ」 小林繁さん逝去、球界悲痛
2010年1月18日9時2分
 札幌市内で会見した日本ハムの梨田監督は、「いまも信じられない」と沈痛な面持ちで話した。大阪にいた午前11時半ごろに携帯メールで訃報(ふほう)を知ったそうで、「昨日、東京で会ったばかり。キャンプのことなどすごく情熱的に話していて、元気そのものだった」。近鉄時代は監督、コーチの仲で01年にパ・リーグを制した。今季は1軍コーチで再び同じベンチに座る予定だっただけに、「投手交代の時にポンと背中を押してくれる存在だった。支えてもらって本当に感謝している。今年も色々と助けてくれると思っていたのに」と悔やみきれない様子だった。

     ◇

 長嶋茂雄・元巨人監督の話 突然の訃報(ふほう)に大きなショックを受けています。1976、77年のリーグ優勝に大きく貢献してくれたことを鮮明に覚えています。細身の体からは想像もつかないくらいスタミナがあり、ベンチにとって本当に頼りがいのある投手でした。正直に言うと、阪神へトレードになったことは残念な思いでいっぱいです。現場の監督として悪いことをしてしまったという気持ちがいまだに残っています。若すぎる、早すぎる最期です。

 オリックス・岡田監督の話 突然のことで驚いています。タイガース入団が同時期だったこともあり、大変お世話になりました。野球に関してもそうですが、プライベートでもよくしてもらったことを今でも思いだしますし、大変感謝しています。ご冥福をお祈りいたします。

 阪神・真弓監督の話 阪神にきたのが同じシーズンでキャンプの部屋が一緒。(年下なのに)気づかってくれた。巨人には絶対勝つと、後ろから守って見ていても感じるものがあった。決して恵まれた体でないのにあれだけの勝ち星を挙げた。頭の回転が速いし、気持ちで投げる投手だった。

 阪神・久保投手コーチの話 細い体からは想像できないほどの熱血漢で、若い選手を熱心に指導されていたことを思い出します。私も(近鉄で)コーチになって間もない頃だったので、いい勉強をさせてもらいました。本当に残念です。

 阪神・南球団社長の話 突然の訃報(ふほう)に大変驚いております。年代も近かったこともあり、親しくさせて頂いていました。今季から1軍のコーチに就任されたので、お会いできるのを楽しみにしていましたので残念です。

 日本ハム・藤井純一球団社長の話 突然の訃報(ふほう)に球団一同、哀悼にたえません。野球界において残念至極のこと。2月の沖縄キャンプから投手陣を大きく成長させていただけると信じていただけに、痛恨のいたりです。今は小林コーチの思いをチーム全員で引き継いでいかねばならないと感じております。

 ソフトバンク・王貞治会長の話 一時代を築いた好投手でした。これから後進の指導や、多くの子どもたちに野球の素晴らしさを伝えて欲しかっただけに、57歳という若さで逝ったことは残念でなりません。

(asahi.com)

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by panchan1121 | 2010-01-18 19:00 | Sports | Trackback | Comments(0)
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